What about morality?


僕が何のプロフェッショナルなのか?と問われたら、世の中的には多分、「エスノグラフィ」とか「デザインリサーチ」ということになるんだと思う(個人的にはそこに多少の違和感や抵抗感があるのも事実。けれど、それが今日の主題ではなくて…)。そして、その”業界”で知らない人などいない人物、それが現在、FrogのExecutive Creative Directorで、かつてはNokia Designの看板リサーチャーとして名を馳せた、Jan Chipchaseです。Janは僕とともに弊社の共同代表を務める市川文子が、かつて共に仕事をした仲間。その彼が、新著・”Hidden in Plain Sight: How to Create Extraordinary Products for Tomorrow’s Customers”の刊行を記念して来日した機に、Loftwork代表・林千晶さんの計らいで同社のスペースをお借りし、去る5月20日に公開セミナーを開催する運びとなりました。林さん、そしてLoftworkの皆さん、本当にありがとうございました。

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セミナーのタイトルは、ズバリ、著書のタイトルそのまんま(笑)「Hidden in Plain Sight そこに潜むもの」です。セミナーの案内によれば、それは、「私たちがごくありふれていると感じる風景の中にも重要な示唆や知見が潜む。いわば「青い鳥」のような現象を表しています」とあります。こういった事象の発見は、実はデザインリサーチの「キホンのキ」。デザインリサーチの第一人者が、こういったベーシックスを自らの経験を通じて伝えることは、もちろん価値があると思う。けれども、(僭越ながら)同業者として「そのためにわざわざ本を書くことってあるのかな?」というのが僕の疑問。だからJanはきっと、裏コンセプトを持ってこの本も書いてるし、それを伝えにきてるんじゃないか?と。そして、その予感は…的中しました!

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ルワンダでのイノベーション研究所の設立、ジャスミン革命真っ只中のエジプトにおけるリサーチ、23andMeを例に挙げたDNAテストの普及についての議論、その他、彼の経験と思考に基づく話題が次々と繰り出されましたが、その中で一貫していたのがリサーチャーのモラル(倫理観)への問い掛けです。講演の中で、彼は、リサーチを実施する上で念頭に置いているのは、”調査協力者が第一、チームが第二、そしてクライアントが第三”というプライオリティだと述べました。クライアントからの請負いでリサーチを行うとき、ともすればクライアントの意向が最優先になってしまいがちです。しかし、こういったリサーチに関わることによって、調査協力者自身が変化したり、強い影響を受けることもしばしば。そして、それによって調査協力者が不利益を被ったり、ときとして危険に晒されることすらあります。個人への深い探索と洞察を目指すデザインリサーチであるからこそ、調査協力者のこれからについてイマジネーションを働かせ、決して不利益を与えないことを自覚する必要があるのです。

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そしてそこからもう一歩進んで、リサーチが調査協力者を含む社会の変化に「介入(intervene)」することのインパクト。前出の23andMeによるDNAテストの話題を例に取ってみましょう。技術進歩が現在のスピードで進めば、ごく近い将来に、DNAテストはまるで「渋谷の駅前でティッシュを配っているのと同じ感覚で」、無償提供されるようになる。その結果、今までになかったさまざまな問題が生み出されていく。Janのセミナーには50名強の参加者が集っていました。彼はこう言います。「みなさんのうち少なくとも1人は、自分の生物学的な父親と育ててくれた父親が異なる。そういう事実が、DNAテストが普及すれば簡単にわかってしまう」。リサーチ、とりわけデザインリサーチのようにビジネスプロセスに組み込まれた営みは、こういった問題を生み出すことに加担してしまうことになる。まったく新しい製品やサービスを生み出すことへの期待感の高さと、問題を生み出すことへの寄与は正比例の関係にあります。結果的に、デザインリサーチャーは、イノベーションの担い手であるのと同じ程度に、重大な社会問題を生み出す犯人になりうるのです。

Janはそこにリサーチャーが贖罪意識を感じる必要はないと言います。自らがリードした社会変化がどのようなプラスマイナスを生み出すかは、結局のところ、ふたを開けてみなければ分からないから。その一方、自らのイマジネーションをビジネスのルールに無条件に従わせてはならない。こういったリサーチャーのモラル(倫理観)が、現在、そしてこれからの変化の大きな時代には益々大切になってくる。そんな思いを痛切に感じた夕べでした。

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